Tag: neet

Meat:
合い挽きミンチが安かったので、メンチカツとハンバーグを作った。念願の合い挽きミンチよ(経済的都合上)。グラム単価が芋の数倍だもん。
肉にほぐしたフランスパン(自作よ)とか炒めた野菜屑とか塩とか混ぜて、練って練って揚げるor焼くだけ。パン粉ももちろん自作(フランスパンを加工)。両方ともうまくできた。練り具合が良好だったのか、肉汁が流れ出ず留まり、箸を通した瞬間じゅわ〜っと溢れ出た。次はチーズインハンバーグを作ってみたいな。あと久しぶりにささみチーズカツも作りたくなったな。料理欲は止まらない。

Neet:
なぜニートは批判されるのか、なぜニートは働けと言われるのか。
ぼくが直接迷惑をかけている対象はぼくの親兄弟であって、社会ではない。
なぜ生活保護の話が出てくるのか。それはまた別の問題じゃないのか。仮に同じ問題であったとしても、それは受給者側の問題なのか。
働かない人間がいることで何か問題があるのか。働かずに給料を得ているわけでもないわけだし。
税金?納めるべき税金は納めているんじゃないか。
恥だ生き甲斐だ充実だ幸福だプライドだと、倫理/人生観はひとに押し付けるものではないと思う。それが多数であっても。
将来は誰にとっても不確定なものでしょう。そもそも安定していなければいけない、なんてことはないだろう。

なんというか、ぼんやりと全体的にこう、正解枠がすんげぇ限られてて、その正解枠からはみ出たらとにかく批判されてしまう、というような構図に見える。なんかもう義務だなんだという話じゃないような気がする。出る杭は打たれるじゃないけど、結局純潔主義というか、多様性を認められないんじゃないか、というような風に思ってしまう。世間という空気は変わらないものなんだなぁと。ぼくがぼーっとしている間にもっと変わったりするもんだと思ってた。

なんかどんどんしんどくなってくような気がするよね。条件狭めてカテゴライズしてラベリングして区切ってってさ。首締めて救われる人っていんのかな。ツラい思いをしないでいい人間が多い方がいいって思わないのかな。

ぼくはphaさんの様にはなれないから働くしかないけどね。何度も言うけどもうお金ないし。ぼくはぼくのしたいこと/できることをする。できれば助け合いたいし活かし合いたいと思う。

まぁアレよ、MeatとNeetの話がしたかったってだけのことよ。後者は書いててもいい気しないねぇ。

仕事のことを書く。

ぼくは仕事が怖い。ひとに「なんで仕事しないの?」とか訊かれるけど、いつも面倒臭くて、「嫌いだから」とか「めんどくさいから」とか「雇ってもらえないもん」とか応えるけど。実は怖いってことだけで、仕事から逃げてる。逃げ足だけは凄いんだ、ぼくは。

仕事自体というかなんだろ?作業?というか、例えば「椅子作る」って仕事だったら「椅子作る」ってことはできるのよ。全然。怖くない。でも、それ以外の社会人として当たり前であろうことがほぼ全て怖い。電話とかなんかコミュニケーション新規開拓みたいなのとかね。あと、「できるかどうかわからないことをしなければならなくなるかもしれない恐怖」。これもかなり大きい。もちろん失敗や怒られることも怖い。まぁそんなこんないろいろ。お化け怖いって感じよ。

前の仕事やそのもう一つ前の仕事はものを作る仕事だったから、結構楽しいと思えた(入り込んでるようなときはよかった)。もちろん上記の恐怖はあったけど、なんとか折り合い付けて、1年くらいは継続することができた。恐怖と楽しみが天秤にかけられて、ずっとゆらゆら揺れてた感じ。でもどうしても1年くらい経つとダメになってしまう。恐怖大勝利。逃げる。続かない。

仕事を辞めて恐怖から解放されたぼくは、すごく安心できた。仕事を辞めると、心は落ち着いた。怯えることも、怒られることも、失敗することもない。毎日腹がビクビク痙攣するようなこともない。ちょう安堵。

仕事を辞めると、いつも「戻った」というような感じがする。ぼくにとっては無職であることが正常で、働いている状態は異常なんだと、心はそう反応しているような気がする。肩の荷を降ろすような、そんな感じ。

逃げ癖のせいもある。ぼくは常に逃げるという選択肢を選ぶ。バカみたいに。それしかないみたいに。正しいかそうでないかは重要じゃなくて、危険に対しての回避行動のような感じなのかな。例えば、ぼくの愛する人が襲われていたとしても、ぼくは靴底が溶けるほどの俊足で逃げると思う。そして後日言うんだ「怖かったんだ」って、今みたいな調子で。仕方ないだろ?とでも言いたげに。

自分に対して、刹那的というか厭世的なとこもあるし、子どもの頃から死に近付きたいような思いもあるし。結構いろいろ揃ってる。ほんと跳萬くらいは軽くいってるよね、ぼくのこれまでって。前科が付いてないくらいかな。

なんかまぁこういういろいろなこと(ぼくにとってはね)で結構ナーバスな部分おっきくて、やっぱ結構生きんのしんどいなーって感じだった。ずっと。自分なりに立ち向かった部分も少しはあったんだけど、何も変わんなかった。余計傷を深めた面もある。思い通りにならない自分がどんどん嫌になっていった。なんでこんなこともできないんだろうって。

でもどっかで、怖いまんまでいいやーってなって少し楽になった。別に現実は何にも変わんないけどね。平然と逃げるようになっただけ。

だから、ほんと毎日ちゃんと仕事行ってる人とかすげえなって思う。なんか勝ちとか負けとかじゃなく、すげえなって。オレできんもん。たまに友だちと遊んだりした時とか、「あ、みんな明日仕事なんや…!」とか思って、すごく不思議な気持ちになる。

あとまぁ、仕事が嫌いなわけじゃないから、残業/休日出勤もそれほど嫌いではなかった。確かに疲れ/ストレスとかあったけど、それほど大きな問題じゃなかった。あーでもなんか溜まると眠りが深くなって、20時間以上眠ってしまったりするからアレだったけど(ナルコレプシーではない)。
給料にもあまり拘りがなかった。そもそも交渉は怖いからできないし、いろいろとできないことを自認してるし。むしろ多くもらってるなという感じがあったから、それが少しプレッシャーになった。たくさんもらえたのはうれしかったけれど。

なんかね、このこと、ずっと書きたいなーって思ってたんだけど、うまく書けるような気が全くしなくて避けてた。自分自身でもちゃんと理解できてるか自信がないから。でもね、まぁ別にうまく書けたところで誰かにきっちりばっちり伝わるわけでもないし、誤解されたところで何も問題ないしなーということでね。嗤われたってバカにされたって何言われたって(「甘えんな!」とか「死ねばいいのに」とかさ)、まぁしょうがないよね、こういうひとなんだもん。怖い怖いと泣き叫んでるだけの子供のまま、無駄に老化してしまった。

子どもの頃から、こうだったんだ。いっぱいいっぱい怖かった。その頃の恐怖の感情の記憶が今も残ってる。スイミングスクールに行くのが怖かった。お母さんに怒られるのが怖かった。幼稚園の教室の端の方が怖かった。とかね。その頃から何も変わってないんだなって思う。多分、どっかで変わっていかなきゃいけなかったんだけど、ぼくは全くそういうことをしなかったんだろうな。「遅くない、今なら間に合う」なんて一度も思ったことはないんだろうな。

仕事をしなくなって、1年半以上経つ。今まで貯金を切り崩してやってきたけど、それももうなくなっちゃった(手元にはね)。だから働かなきゃいけない(だからってわけでもないけど)。もう、あとがない。ないんだよ、ぼく。

みんなが思うよりもニートの毎日にはいろいろなことがあるし、みんなが思うよりもニートの毎日には何もなかったりする。

ぼくは自室のベランダに出たり、リビングにいたりするときに、いつも彼を確認していた。庭をちらりと一瞥して、眠っているのか、起きているのか、ご飯を食べているのか、蝶々を追いかけているのか、というようなことを。多分それは無意識だったと思う。毎日何度も何度も、ぼくはそれをしていたんだと思う。

彼がいなくなってから少し経った。ぼくの無意識はまだ彼を確認しようとしている。その度に確認できないことを確認させられる。ぼくの視線の先はがらんとしたまま。
雨が降れば、彼は怖がるだろう。近所の犬が吠えれば、彼もそれに応えるだろう。というようなぼくの憂慮も、もう行き先がなくなった。

ぼくはいつか、そういった彼に対する無意識も失うと思う。

生前の彼の写真を探していると、あなたやあなたやあなたの写真がいろいろと出てきてしまった。
あなたはいなくなった。ぼくは思い出を失った。代わり映えなく繰り返されているだけなのか、と蒸し暑い部屋の中でぼんやり思った。

もう2週間ほど前のことなんだけど、最後に働いてから丸1年が経った。今回のニート一周年。

shoulda woulda coulda

過去に2年半ニートやったことあるからどうってことないんだけど、なんとなく気持ち的に「あぁぁ…」という感じになってるような気がする。この2週間くらいでぼくが思っていた、もう一段下に落ちる、という感覚を味わったような気がする。この一年、中々落ち切らなかった気持ちがストンと落ちた。

shoulda woulda coulda

以前、落ちた感じがあったとき(2年半ニート時)はなんかもうスゴく絶望感で溢れていた。実際に目の前が真っ暗になった。お先真っ暗じゃなくて、眼を開けていても閉じていても変わらない真っ暗。まぁでもそんなのって結局気分の問題だったから、1週間とか2週間もすればなんてことはないただのぼくに戻った。

shoulda woulda coulda

その時期(ニートスコア: 2.5)を抜けてろくでなしながらに働いていたんだけど、その生活の中でふっと絶望感が戻ってくるような感覚が時々ぼくを訪れた。不安のもう少し先にある感じのもの。なんだろう、おしっこ漏らしちゃうような感じの。得体の知れない恐怖みたいな。幽霊。でもやっぱりそれも結局気分の問題で、普段のぼくは寝癖でバカな顔をしてキーボードにジュースをこぼしながらヘラヘラした顔で毎日生きていた。ただのぼくだ。

shoulda woulda coulda

でもなんとなくその絶望感からはずっと逃れられないんだろうなと思っていた。ヘラヘラしていてもぼくはどこかでそう感じていて、足を止めてしまうようなことが何度もあった。でも同時に、それに慣れてしまったぼくにはもう一段下もあり得るんだろうとも思った。バカな笑顔を皆に振りまきながらそう思っていた。ぼくはどのタイミングを思い返してもバカだ。

shoulda woulda coulda

そしてまたこの暮らし(うんこ製造機)に戻って、そのもう一段下を期待したんだけど、長らく全く気配も何もなかった。空は青いし、Webは面白いし、Urban Musicはぼくを震わせたし、ぼくの作るペペロンチーノはおいしかった。安定したニートだった。
それがやっと引き千切れてなんか違う感じになった。ぽっかり感。このぽっかり感はすごい!という感じ。真っ暗感の次はぽっかり感だったんだなぁって思った。多分ぽっかりで合ってると思う。
でも、でも、やっぱりすぐにただのぼくに戻った。コーンフレークうまい。

shoulda woulda coulda

今日もたぶん、昨日と似たような一日で、明日もたぶん、今日と似たような一日になると思う。

追記: 090429
このエントリーはぼくの大好きな白やぎちゃん先生の、何回も同じ写真を使う手法を用いて書きました。がしかし、先生の足元にも及びませんでした。先生は偉大です。先生は大きいです。
またいつか使います。

ぼくが忙しいと口に出したことはおそらくかなり少ないのだとおもう。それよりなにより、ぼくの過去には忙しかったことなんてなかったのだとおもう。口に出せない。これからはどうだか知らないけど。

みんなどこか困ったような怒ったような残念そうな、それでいて少し自慢げにぼくに言うの。「忙しくてさ」「暇がなくてさ」って。苦くておいしいってこういうことなのかな。

ぼくは今日も当たり前に忙しくない。だけど、今日も暇じゃなかった。おかしいなぁ。

あなたの今日はどうでした?苦くておいしかった?

今日は8/31で毎年のように明日は9/1だ。大きな休みが終わって、新しい毎日がはじまる。そういう日だよね、今日って。

やっぱりしんどい8月だった、と思う。でも少し読み違ってて、今月ははじまりのはじまりという感じだった。ここからもっとしんどくなる。そういう予感がする。今のぼく自身の無駄な難しさを思うとね。バカをこじらせてしまってる、ああ。
悪い予感は当たるんだ。いい予感も少しくらいは当たるけどね。

とにかくまだぼくの8/31はおわらない。明日からも同じ日が続いていく。

プロフィール(下のMeのとこね)に職業を追加。無いことを追加した。

あっという間に2か月半か。
辞めてすぐに友だちに「ぼくはいつごろ働きはじめるの?」と訊いた。友だちは「6月中だね」と答えた。
実現できなかった。

そう遠くないうちに働きはじめるんだと思うけど。「遠い」かもしれないけど。

予定通り、予想通り、期待通りに物事が進むことって無いよね。善くも悪くも。

ぼくは変わっちゃったのかな。善くも悪くも。

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Yasutaka Sato

Neet / Web Designer

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