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いつもとは違う年末年始は年明ける前から違ってた。年明けを待たずにこたつで寝てた。起きたら朝生やってたので見てた。
結論を急ぐのはなんかもうやだな。ないな。何に対してもとりあえず保留でいいやって感じ。面倒だし溜まる一方だけど、穏やかでいられるし何よりしっくりくる。今年もこの調子でいくつもり。

で、その後も寝たり起きたり繰り返してた。こたつ怖い。お正月らしいことは全くせず相変わらずのダラダラ平常運転。

何日か前からnode.jsさわりはじめた。一応JavaScriptは多少書けるので、すんなりこりゃ面白いなと思った。これでなんか作ってみたいって気になった。ひとにJavaScriptやnode.js勧めといて自分で書けないのはちょっとマズいしね。
インストールはbrew install node npmして、.zshrcだかにPATHとNODE_PATH追加(homebrew入ってる場合)。

あと、Evernoteにメモばっかり書いて、コードは殆ど書いてなかったSafari Extensionをそろそろ作りはじめようと思う。GoogleReaderのアレをアレするやつ。
うまくやれるかなぁ。 

今年は去年よりJavaScriptを書くことが多くなるような気がする。

ぼくは昨年一年間もみなさまに生かされました。愚かなぼくを今年もよろしくお願いします。今年もまた、まだ見ぬ誰かに会いたいと思います。

あけましておめでとうございます。

大晦日・元旦は例年同様に仲のいい友人たちとグダグダかつダラダラと過ごした。何の準備も何の予定も立てずに。そもそも毎年集まることすら予定してないしね。こういういい加減な感じがぼくにとっては実に心地よい。例年通り寝てばかりの友人がいる一方、今年はお喋りな友人がひとり加わったので、例年よりは騒がしく過ごした。

年明けてグダグダやってるなかの会話で、ある友人が「オレ、なんかそういう真面目な会話に参加するの苦手やわ。参加できへんわ」と言った。
なんだろう。なんかちょっと違和感あった。真面目な会話ってのとか、それを苦手を感じるのもわかるんだけど、ぼくは多分会話を区別してないんだなぁと思った。ぼくがやってるのは仲良しの友人との会話であって、「真面目な会話」というのをやっているという気は全くなかった。彼にとっては苦手というか不得手なんだろうなぁと思う。わからないんだろうなぁと思う。でも、ぼくはそのままで会話に参加していてもらいたかった。だからぼくは「今喋っていたのは、二人だけだったけど、君も参加してるんだよ」というようなことを言った(寝てるひとは参加してないけど)。「参加出来ない」と言った彼に「参加してる」って思ってもらいたかった。話さなくても参加してもらいたかったし、なんか思ってもらいたかった。わからないのなら「わからない」と言って欲しかった。「わからない」と言われることを排除してしまいたくないし、むしろぼくは「わからない」と言ってもらえるのはすごく嬉しい。そういうの排除したがる人間がいるのは確かだとは思うけど、ぼくはそうじゃないし、君はぼくの友だちでぼくは君の友だちだ。そういう会話が嫌いなのなら仕方ないんだけど。

あと、友人が「今までいい加減だったけど、やりたいことキッチリやりたい」と言っていたので応援したい。ぼくも同じ気持ちだ。自分に対して邪悪になるな。

友人が「Mac買うわ!」と言っていたので、徹底的にMacのダメなところを列挙しまくった。それでも彼は買う気のようだ。愚かだと思う。でも、ぼくは賢い人間より愚かな人間のほうが好きだ。ぼくの言語が通用するような気がする。

初詣はいつもとは別の神社で。賽銭投げて、カランカラン鳴らして、手を合わせたんだけど、何も思うことがなかった。何かを願うようなことはもうなくなってしまったのか。世界平和とか願えばよかったと、あとでぼんやり思った。諦めすぎ。

もっと話したいなと思った(今回は結構頑張ったけど、やっぱり寝てばっかりだったひととか)。たくさん話して、「あぁ…言葉には限界があるな…」と思いたい。

ぼくは昨年一年間もみなさまに生かされました。愚かなぼくを今年もよろしくお願いします。今年はまだ見ぬ誰かに会いたいと思います。

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錯覚してしまうほど一年前からほとんど変わらない年末年始を過ごした。
ここから先は一年前とは違う流れになることを、手を合わせ祈った。
同じような詩を二度聞かされ、ぼくは解釈に困り、その詩を捨てた。

一昔前のストリートファッションは丁寧な言葉を使い、緑色のガムは規則的に見え隠れした。
移ろいの中に見たものは諦め捨てられた白さだけだった。

在るものは常識はずれの速度で消費され、ぼくは次の猶予を求めた。
他人の快楽を纏い、心地良さに沈み、引き換えにタイミングを失った。

贋物の贋物と贋物は暗がりを求め、ぼくはいつの間にか奪われていた。
動いている間に零れ落ち、止まると溢れ返ってしまい、呻き声に責任転嫁した。

というかんじ!

みんな、ことしもよろしくね!

先月29日〜今日まで、久しぶりに友達とだらだらと遊んだ。馬鹿話の合間に結婚の話が出てくるのが当たり前になったんだなぁって思った。でもすぐ馬鹿話に戻るんだけど。
そろそろ友達との会話に付いていけなくなりそうな気がして、ちょっと寂しい感じがした。寒さみたいなのを感じた。ぼくが思っているよりも速く時間は進んでいく。

大晦日の夜から友達と、これまで10年間の元旦を振り返ってみた。毎年だいたい同じようなメンバーだったから、結構面白かった。3年くらい前でもう結構曖昧になってて、その年に何があったとかみんなで言い合ったりしながら思い出した。ノートに年表を書いて、割ときっちり目に振り返った。そんなことに必死で、年明けの瞬間を逃した。トイレ行ってるやついたし。ぼくは年表に友達の元カノの名前を書き込んでいたし。

一年丸ごとズレてるのに気付かなかったりいろいろと大変だったけど、数時間掛かってなんとか年表が完成した。こう年表にしてみると、10代後半から20代前半がやっぱり面白かったんだな。いろんなエピソードがたくさんたくさん出てくる。笑えるエピソードがね。そこらへんが始まりの終わり、夜明け前。ぼくらは今、終わりの始まりなのかなって思った。けど、ぼくらではないなと、頭の中で訂正した。

長いと思っていたことが意外と短かったり、その逆もあった。何時のことだったかも曖昧で、その期間もデタラメで、それでも出来事や気持ちはきっちり覚えていたりするんだな。ぼくはものすごく興奮したことを思い出して、今また興奮した。

人が変化した。ぼくも変化していた。ぼくはA君になって、B君を経て、今C君になっている。友達はD君か、もしくはE君になっていた。ぼくはD君にはならないと言い、過去にA君であったことが信じられないと言った。

6時頃、初日の出を見に家を出た。去年と同じように。年表の2008年のところにはもう既に書き入れてしまっていたしね。

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Yasutaka Sato

Neet / Web Designer

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